> > 大井賢一さんインタビュー
大井賢一さん
病気になったら終わり、ではない。
仲間と出会い、ここから
新たな始まりがあると気づける。
認定NPO法人がんサポートコミュニティーの事務局長として、がん患者支援活動を第一線で支えていらっしゃる大井賢一さん。歯科医師としての視点と細部まで行き届いた心遣いによって、患者さんとそのご家族の心のケアに取り組まれています。活動の内容について詳しくお聞きしました。

認定NPO法人がんサポートコミュニティーの発足された経緯について、お聞かせください。

認定NPO法人がんサポートコミュニティー(以下、がんサポートコミュニティー)は、世界最大規模のがん患者支援組織Cancer Support Communityの日本支部で、自らの大腸がん体験を『医者が癌に罹ったとき』(文藝春秋)に著した外科医の竹中文良博士によって2001年に創設され、今日まで20年以上に渡り、首都圏・関西圏・東葛飾地域で活動を続けています。
竹中博士は、自らのがん体験を機にがん患者さんとそのご家族への心のケアに関心を持ち、がん患者支援の先進国であるアメリカに渡ってThe Wellness Community(現在のCancer Support Community)で研修を受けました。そこで感銘を受けたのが、「がんとひとりで向き合わない」という考え方でした。
がんサポートコミュニティーが活動を始めた頃の2005年の人口動態統計では30.1%、3人に1人ががんで亡くなる時代でした。2006年にがん対策基本法が制定され、今日のがん医療の進歩によって2021年では26.5%、がんで亡くなる人は4人に1人となったものの、1981年以来ずっとがんは日本の死亡原因の第1位で、がんになると死ぬというイメージが拭えず、患者さんはがんと診断されることで絶望感に襲われます。そして、患者さんは、誰にも理解されないその思いから孤立し孤独感に悩みます。
さらに、多くの患者さんはがんと診断されることで、生活を一変させます。がんになったのは、仕事のせい、タバコのせい、お酒のせいと、何をするにもがんになったのは・・・と思い、がんに囚われた生活に陥ってしまいます。これでは、その人らしさが失われます。
これらの問題から抜け出すためには、がんを体験して同じような境遇にある人と出会うことで、自分だけではない、ひとりではないということに気づくことが大切です。自分より厳しい状況にある患者さんが元気に人生を楽しんでいる姿は、患者さんに希望を見出させます。すると次第にがんに囚われることなく、自らがんと向き合い、自分らしい人生を取り戻していくのです。そんな患者さん同士の交流の機会と場を地域で提供しているのが、私たちがんサポートコミュニティーです。

ヨーガ、アロマテラピー、自律訓練法、合唱など
各分野のプロフェッショナルが支え、つながれる場所。

認定NPO法人がんサポートコミュニティーの具体的な活動内容について、教えてください。

がんサポートコミュニティーがめざしているのは「がんとひとりで向き合わない社会」です。Communityは「地域」と訳されますが、Communityは共通の目的をもった人と人とのつながり「絆」の意味です。私たちは患者さんと家族、患者さんと医療者や支援者、患者さん同士が築く「絆はがんに負けない」と考えています。なかでも、活動の柱となっているのがサポートグループです。これは、臨床心理士、看護師、社会福祉士などの専門家がファシリテーターとなり、患者さん同士の語り合いの場に加わっています。言葉と言葉、思いと思い、人と人との懸け橋になるのが私たちの役割です。臨床心理士は患者さん自らに気づきを与え、社会福祉士は患者さんに寄り添い伴奏し、看護師は患者さんの背中を抱き支える、いろいろな役割のサポーターが関わることで、患者さんはがんと向き合う生活の中でバランスがとれるのです。

サポートグループのような語り合う場以外にも、心と体を整える方法を学ぶヨーガ、アロマセラピー、自律訓練法(生活の中で意識的にリラックス状態を作り出すための方法)、合唱などのリラクセーションプログラムを用意しています。ヨーガはインド政府認定ヨーガ療法士、自律訓練法は臨床心理士、アロマテラピーは民間資格をもつアロマセラピスト、合唱はプロのオペラ歌手など、さまざまなプロフェッショナルが患者さんをサポートしてくださっています。

参加された人たちからは、「がんになり、この先の人生はないと思っていたけれど、皆が歌を歌っていたり、食事をしたり、楽しんでいる姿を見たとき、ここから新たな始まりがあると気づいた」といった声も聞かれました。皆さん、仲間と出会えて本当に良かったと喜んでくださいます。

互いの不安を語り合い、人生を楽しく変えていける
患者さんの病状や生活環境に合わせて選べる10グループ。

患者さんご自身やそのご家族に対して、どんなサポートをすべきでしょうか。

近年では、昔ほど副作用の強くない薬が開発され、副作用を抑えられる方法が見出されため、10年前にがん治療を受けた人と今まさに治療を受けている患者さんとでは、一口に薬物療法と言っても悩みが大きく違います。そこで、私たちのがん患者さん同士が集い語り合う機会であり場であるサポートグループでは、治療から5年以上経過し、症状のない患者さんが集まる「友の会」をはじめ、再発転移を経験された患者さんのためのグループ、現役世代で仕事をしながら参加いただける土曜日に開催するグループ、婦人科系のがんの悩みを共有できる女性だけのグループなど、現在10グループを運営しています。

かつては、がんの部位ごとにグループを分けていましたが、今は患者さんの治療段階や置かれている状況の特異性などに合わせたグループに変化してきました。状況によって抱える悩みを共有することで、患者さん同士がより深く理解し合うことができるようになると考えています。

病気によって不安を抱えているのは、患者さんだけでなくご家族も同じで、家族は「第二の患者」と言われています。私の父も腎臓がんで17年前に他界しました。私自身もそうだったように、家族という立場でも、自分が経験していないことはなかなか理解できないものです。どう接してあげたらいいのか、わからないのは当然です。

がんサポートコミュニティーでは、そうした家族の人たちのために、家族の会を設け、家族同士で家族ならではの体験を共有し合っています。「こうしたら家族関係が良くなった、こんなサポートをして喜んでもらえた」と、さまざまな体験談を共有しています。

抗がん剤治療による脱毛で、ウィッグをつけられている人たちからどんな声が聞かれますか。また、歯科医師というお立場からのアドバイスもお願いします。

抗がん剤には、いくつかの種類があってそれぞれがんを攻撃する方法が異なります。なかでも細胞障害性の抗がん剤は細胞分裂が活発な細胞に作用します。髪の毛や口腔粘膜は細胞分裂が非常に活発なため、抗がん剤の影響を受けやすく、脱毛、口内炎などの粘膜障害を起こします。

脱毛した女性の患者さんのほとんどがウィッグを使用しています。女性はおしゃれで髪色や髪型を変えることがあるので、ウィッグをつけているかどうかは、患者さんが気にされるほど他人は気にしないものです。
抗がん剤治療による一過性の脱毛の場合、安価な人工毛のウィッグでもいいという声もあります。けれど、人工毛は触るほど皮脂汚れや静電気でハネやすくなるため、余計に気になって触ってハネてしまうようです。また、「ウィッグのネット部分に抜けた髪の毛が付いてしまい、それを取るのが悲しい」といった悩みも聞かれます。これについては、寝るときにかぶるキャップをつけたままウィッグを付けるといいそうですが、そういった情報も使用している患者さんにはなかなか届いていません。

歯科医師という立場からみると、例えば、むし歯の治療では歯を削って悪い部分を取り除くだけでは終わりません。見栄えよく修復することも大切です。患者さんが食べられて喋れるようにすることはもっと大切です。ウィッグも、脱毛を隠せればいいだけでなく、抗がん剤治療を終えて髪が少しずつ生えてきた段階でどう自然になじませるか、また多くの美容院は道路に面してガラス張りです。短い髪の毛の時にウィッグをはずしてカットしてもらうには躊躇するはずです。ウィッグを卒業できるまでの道程もサポートしていただけるといいなと思っています。
また、歯科の面からみると、抗がん剤治療中は副作用で吐き気を催すこともあるし、口内炎になりやすく、口の中のケアがしにくいため、むし歯になったり歯肉炎や歯周炎を悪化させることがよくあります。美味しい物を美味しく食べることは、人生の楽しみのひとつです。抗がん剤治療中もかかりつけの歯科医師と相談して口腔ケアにも気を配っていただければと思います。

がん患者さんのサポートとして、新たに取り組んでいらっしゃることはありますか。

がんサポートコミュニティーは傘下にがん対策総合機構を新設し、2006年に制定されたがん対策基本法の15年を振り返る取り組みをして、2022年3月に「がん対策白書」として提言をまとめました。その提言の一つが地域間格差や患者さんと医療者との間の情報の非対称性が招く情報格差でした。すでに不平等が存在している状況では、同じ機会を平等に提供しても、社会構造的な不平等は解決されず、社会に分断や構造的格差を定着させてしまいます。
例えば、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2015年の7人に1人が一人暮らしという状況が、2025年には6人に1人が一人暮らしとなり日本が「ソロ社会」化すると予測しています。就労世代の一人暮らしの場合、家族の支援が受けられないという前提があって、就労機会が平等になっても家族構成による構造的格差は埋まらないのです。
私たちは患者さんを取り巻く格差を認識して、その格差をなくす患者さんの「Equity(公平性)」に向けた新たな取り組みを模索しています。

がん患者さんやご家族の方々へ、メッセ―ジをいただけますか。

繰り返しになりますが、がんとひとりで向き合わないでください。家族、友人、仲間との絆を大切にしてください。かつて竹中博士は「がんになったことは不運であったけれど、不幸ではなかった」との言葉を残しています。がんになったことで新たな出会いもあるはずですし、そこにはあなたの居場所があるはずです。
がんサポートコミュニティーが、皆さんの人生に長く寄り添える場になればと心より願っています。

大井賢一さん
大井賢一さん
歯科医師、
認定NPO法人がんサポートコミュニティー事務局長

1996年、明海大学歯学部卒業。歯科医師として大学に勤めていた頃、認定NPO法人がんサポートコミュニティーの創設者・竹中文良博士のがん患者さんへの取り組みに共感し、活動に参加。2012年に同団体の事務局長に就任。現在、厚生労働省がん対策推進協議会構成員、東京都がん対策推進協議会委員を務めている。
健康の秘訣は、毎日の適度な筋トレとウォーキング、たんぱく質を摂ること。いつまでも元気に歩くことを目標にしている。

がんとひとりで向き合わない社会を目指す、がん患者支援団体

認定特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー

医療向けウィッグ

MEDICAL WIG

治療中も素敵なヘアスタイルで
明るく過ごしていただくために。

治療中は頭皮もデリケートになりがちです。
マリブの医療向けウィッグは、地肌に直接触れても刺激が少なく、
接触冷感性により熱や湿気がこもりにくい独自の
「メゾクールネット」をベースに使用し、快適さを追求しました。